過去に、適応障害で休職したことがあります。
休職していた期間は、およそ1年ほどでした。
この記事では、私が適応障害と診断されて休職するまでの流れと、休職してからしばらくの過ごし方について書いていきます。
今振り返ると「あの時点でかなり限界だったんだな」と思うサインがいくつもありました。
もし今、仕事のストレスで心身に不調が出ている人がいたら、少しでも自分の状態を振り返るきっかけになればと思います。
適応障害で休職することになった
私が休職することになった主な原因は、仕事のストレスと人間関係でした。
特に、自分が担当している仕事の先行きが見えない状態が続くことが、私にとってはかなり大きな負担でした。
何をいつまでにどこまで進めればいいのか分からない。
誰に相談すればいいのかも分からない。
誰かに聞けばいいだけなのですが、自分にとってはそれ自体がストレスでした。
それでも日々の仕事は次々と増えていく。
そういう状態が続き、少しずつ心に余裕がなくなっていきました。
さらに、お客さんとのやり取りや職場内の人間関係にも強いストレスを感じていました。
当時は残業も重なっており、毎日のように3〜4時間ほどサービス残業をしていました。
今思えば、心身ともにかなり無理をしていたのだと思います。
最初の変化は「仕事に身が入らない」だった

最初に出てきた変化は、仕事に身が入らないことでした。
席についていても落ち着かない。
集中しようとしても、頭に内容が入ってこない。
気づけば貧乏ゆすりが止まらなくなっている。
最初は「寝不足がたたってるのかな?」と思っていました。
しかし、そこから少しずつ状態は悪くなっていきました。
席に座っているだけで呼吸が苦しくなる。
体から力が抜けるような感覚がある。
何もしていないのに、強い不安感が続く。
頭を抱え込み、その場にうずくまりたくなる。
それでも当時の私は、どうやって仕事を片付けるかしか考えていませんでした。
今振り返ると、その時点でかなり危ない状態だったと思います。
しかし、当時そんな自覚はなく、むしろ仕事のできない自分に嫌気がさしていました。
後から知ったのですが、ある程度までメンタルが削られると、そのこと自体に気づきにくくなるそうです。
職場で嘔吐して、限界を迎えた
最終的には、職場で嘔吐してしまいました。
その時期には、普段の仕事に加えて、職場内の大きな会議で司会役のような役割も任されていました。
もともと日々のストレスで余裕がなくなっていたところに、大きな仕事のプレッシャーが重なったことで、完全に限界を迎えたのだと思います。
その後、上司に今の状態を伝えることになりました。
話しているうちに、自分でも抑えきれないほど涙が出てきました。
自分でも驚きました。
感情が高ぶったというより、抑えていたものがあふれ出る感じでした。
もう自分の中だけでは抱えきれなくなっていたようです。
自分でも驚くほど、涙が止まりませんでした。
そのことを医師に伝えたところ、「休んだ方がいい」と言われました。
私は自分のことを話すのが苦手でしたので、症状をスマホのメモアプリにまとめて、それをお医者さんに見せました。
診断書を書いてもらい、正式に適応障害と診断されました。
そこから、約1年の休職期間に入ることになります。
休職が決まった瞬間、心が軽くなった
休職が決まった瞬間、心がすっと軽くなるのを感じました。
「ああ、これで休めるんだ」
そう思ったのと同時に、自分の心が本当に限界だったのだと、改めて自覚しました。
休職が決まったばかりの頃は、少し気持ちが高ぶっていました。
これから何をしようか。
どこかに出かけようか。
せっかく時間ができたのだから、今までできなかったことをやってみようか。
そんなことを考えていました。
しかし、それは休めることが決まった開放感からくる、一時的なものだったのだと思います。
休職しても、すぐ元気になるわけではなかった
実際には、何かをやろうと思っても、あまり手につきませんでした。
ぼーっとして過ごす時間が多く、どこか体も心も重たいような感覚が続きました。
無気力という言葉がぴったりなのかは分かりません。
ただ、何をするにも気力が湧かず、けだるさのようなものがしばらく続いていました。
好きだったゲームも、あまり楽しく感じられないときがありました。
少し遊んでも、何か違和感のようなものがあり、すぐにやめてしまう。
以前なら楽しめていたものが、なぜか楽しめない。
そういう日が続いていました。
休職すれば、すぐに元気になると思っていた部分もあります。
でも実際には、そう簡単ではありませんでした。
最初の時期は、とにかく休むことを優先した

休職の最初の時期は、とにかく心身を休めることを優先しました。
1日何もせず、寝て過ごすこともありました。
何かをしなければいけないと思っても、体も心も動かない。
そんな日は、無理に動こうとせず、休むことにしていました。
一方で、気力や体力がある日は、できるだけ外に出るようにしていました。
その頃は、1日30分の散歩を目標にしていました。
外に出て、少し歩く。
日光を浴びる。
家の中にこもり続けない。
それくらいの小さなことから、少しずつ生活を整えていきました。
普通に生活できるようになるまで半年くらいかかった
少しずつではありますが、時間が経つにつれて気力は戻っていきました。
普通に生活をして、普通にいろいろなことができるようになるまでには、半年くらいかかったと思います。
もちろん、ある日突然よくなったわけではありません。
今日は調子いいな。
今日はなんかだるいかも。
そんな感じに繰り返しながら、少しずつ回復していった感覚です。
心身が限界を迎えた後の回復には、自分が思っていた以上に時間がかかりました。
回復しても、完全に過去の話にはなっていない
ある程度回復してからも、完全に元通りになったわけではありませんでした。
普通に生活できるようになっても、ふとした瞬間に仕事のことが頭をよぎると、一気に精神的に不安定になることがありました。
体から力が抜けるような感覚に襲われることもありました。
正直に言えば、その感覚は今も完全には抜けていません。
以前よりはかなり改善しています。
日常生活も送れていますし、仕事にも復職しています。
それでも、適応障害の経験は完全に過去のものになったわけではありません。
今の自分は、回復してきている途中なのだと思います。
限界を迎える前に、相談してほしい
今回の経験を振り返って思うのは、限界を迎える前に相談することの大切さです。
私は、職場で嘔吐したり、上司に話しながら涙が止まらなくなったりして、ようやく休むことになりました。
でも本当は、そこまでいく前に休めた方がよかったのだと思います。
仕事に身が入らない。
席に座っているだけで呼吸が苦しい。
貧乏ゆすりが止まらない。
体から力が抜ける。
好きだったものを楽しめなくなる。
こうした変化が出ている時点で、心身はかなり無理をしていたのかもしれません。
そういった何かしらの「サイン」を早期に見つけることが大切です。
もちろん、休むことは簡単ではありません。
人間関係やお金のこと、自分の受け持っている仕事のこと、周りへの影響など。
いろいろなことが頭をよぎります。
それでも、心身が壊れてしまう前に、誰かに相談することは本当に大事だと思います。
医師でも、家族でも、信頼できる人でもいい。
まずは、自分の状態を一人で抱え込まないこと。
自分は周りに迷惑をかける存在。
そんなふうに自分を責めないでほしい。
あなたは悪くない。
そう気づいてほしい。
私の場合、休職は「逃げ」だったかもしれません。
ですが、逃げていいんです。
自分の心と体を守るために必要なことなんですから。
休職をきっかけに、働き方を考え直すようになった
休職を経験してからは、お金の自由や働き方の選択肢について、より本気で考えるようになりました。
働くということ、稼ぐということ。
今の仕事を続けるのか、転職するのか。
人生の選択肢は増やしておきたい。
いろいろなことを考えました。
休職中に改めてFIREを目指したいと思った理由については、また別の記事で書いてみようと思います。
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